パスタはとても美味しかったです

その日の昼食はセブンイレブンのにんにくとチーズのピリ辛トマトパスタであった。私ではなく家族が選んだものである。人と会わないタイミングを見計らって食べた。

にんにくの力を見誤っていた。ものすごい口臭である。人と会わないにしても、既に自分がダメージを受けている。

強力なブレスケア用品を求めてドラッグストアへ向かう。

他にも買うものがあったので、それらをカゴに放り込みつつ口臭を何とかしてくれるブツを探す。ない。ない。見当たらない。しばし店内を彷徨った。目薬のコーナーで立ち止まる。そういえばそろそろなくなるな。ずっと同じものを使っているから違うものに変えてみよう。棚を物色し始めた。

「目薬、お探しですか?」

コミュ障がパニックを起こす存在、親切な店員である。「ア…………ハイ…………」おそろしく小さな声で答えた。私は今コミュ障に加えて口臭という爆弾をこのマスクに隠し持っているのだ。これを一発お見舞いすれば親切な店員は己の行為を悔いながらバックヤードまで吹き飛ぶだろう。そして明日から店には「にんにく臭のする方は入店をご遠慮ください」と貼り紙が掲示されるのだ。私は半分呼吸を止めながら少しずつ距離を取った。常ならぬ状況にパニックが加速する。いつもこれを使っているんですけど、違うのを使ってみたくて。どれがおすすめですか?脳内ではそう聞いていた。実際は「イツモコレツカッテマス…………」で言葉が途絶えた。爆発するからだ。そんな長いフレーズを発したら目薬コーナーが焼け野原と化す。そして貼り紙だ。親切な店員は「あ、こちらですか?防腐剤も入ってないですしいいですよね。これでしたら……少々お待ちください」と別の棚へ走り、目薬ポーチのオマケがついている分を渡してくれた。何と仕事のできる店員なのか。「ア、アリガトオゴザイムス」と受け取る。

私は一瞬、ついでに「ブレスケア用品、どこにありますか」と聞こうかと思った。

できなかった。

私が店員なら、現在進行形でにんにく臭い人間がそんなことを聞いてきたら面白すぎて冷静に対応できる自信がない。やめよう。この親切な店員にいらぬ負荷をかけるのは。もう充分だ。帰ったら家のフリスクを100粒舐めればいい。目薬をカゴに入れ、レジへ向かった。順番待ちをしていると「お待ちのお客様、こちらへどうぞ」と声がかかる。さっきの親切な店員だった。セルフレジを今この瞬間導入してくれ。絶望的な気持ちで移動する。店員は手際よく品物をスキャンしながら言った。

「ただいまこちらのハンドクリームおすすめしてまして、手につけさせていただいてもよろしいですか?」

流暢なセールストークが始まった。その後の記憶はあまりない。明日以降、店に行くのが怖い。

病院不適合者の怒り

しばしば体のどこかが悪い。死ぬほどのことではないが、日常生活に支障をきたすレベルだ。無視していても治る気配がないので、「私は一生懸命治療に取り組んでいますよ」というアピールのために病院へ行く。不調を訴えても「なら病院行けよ」と切り捨てられないために。

 

医者と完璧な意思疎通が果たせたことがない。なぜって、ほら、ブログのタイトル。あと医者も患者の私より自分自身と会話して診断をくだしている気がする。

昔、腸骨のあたりがひどく痛むので病院へ駆け込むと「気のせいでしょう」と笑って追い返された。どうして気のせいでわざわざ貴様の面を拝みに来にゃならんのだ。せめて「痛むのは辛いですね」ぐらい言え。そう言いたいのをこらえて病院をあとにした。私は金を払って医者ではないただのジジイに診てもらったのか?己の愚行を嘆いた。痛みは数週間後治まった。

皮膚のトラブルで皮膚科へ行ったら塗り薬を処方されたが、保管方法や使い方の説明は一切なかった。とりあえず普通に塗ってみると悪化したので別の皮膚科へ行くと「この薬は冷蔵保存でごく少量の塗布でいい。常温でそんなに塗ったらそりゃかぶれるわ」と呆れられた。コミュ障は全力で「そ゛ん゛な゛こ゛と゛い゛わ゛れ゛て゛ま゛せ゛ん゛!!!!!!!!」と訴えた。蚊の鳴くような声だった。

喘息になり吸入薬を処方されたが、吸入後に水を飲まなかったため食道カンジダになった。水を飲んで吸入薬を胃へ落とせという指示は一切なかった。怒り心頭で薬剤師に文句を言った。実際はニヤニヤヘラヘラしながら小声で伝えた。

慢性蕁麻疹となり大量の薬を服用する日々となったが未だ回復の兆しはない。せめて原因を知りたいと言ったら「原因が分かる人は自身で心当たりがある。ないなら原因不明」と一蹴された。そうですか。気休めでいいから検査とかしないんですね。

血管運動性鼻炎を10年以上患っているが、かかりつけの耳鼻科医は行く度に「花粉のシーズンだからね」と言う。アレルギーじゃない。そろそろ覚えてくれ。

何らかの危険な虫に足を刺されて歩けなくなったので救急病院へ駆け込むと医者が「なんだろな〜これ、うーん、○○(薬の名前)出して」と看護師に指示した。看護師は「ないです」と言った。ないことある?代わりに出された薬を後日先述の皮膚科へ持って行くと「捨てろ」と言われた。

大学病院で手術をした。術後、麻酔の切れていない私に「別の病気が見つかった。また説明する」と執刀医が言った。退院するまで説明はなかった。その後何度か通院時に説明を求めたが、執刀医が現れることはなく、未だに説明は聞けていない。

 

他にもエピソードには事欠かない。こうなるともはや医者の問題ではなく私が患者に向いていない気がしてきた。健康になりたい。

エモい悪夢

しまった、日付が変わっている。まだ寝る前なのでよしとしよう。

 

いわゆる悪夢をよく見る。戦場で逃げ惑う、銃撃戦に巻き込まれる、胸を撃たれる、胸を刺される、公衆の面前で全裸になっている、ひどく不潔なトイレを使う羽目になる、家族が命の危機にさらされる、人前で大便を漏らす、身近な友人皆に嫌われる、などなど。

夢は深層心理の現れという説を信じるなら私は破滅願望がすこぶる強いということだろうか。反対にいい夢と言えば自力で空を飛んでいたことぐらいだ。それもひょっとしたら最後は墜落死というオチだったかもしれない。

 

先日の悪夢はこれまでと少しテイストが違っており、元恋人が私を直接訪ねて「今度結婚するから式に出席してほしい」と頭を下げるというものだった。

夢ならではの意味不明さで、話をしている場所は祖母宅の居間だった。祖母と、元恋人の婚約者であろう人が同席していた。

私は何と返事をしたのだったか。確か驚きつつも素直に喜んで快諾したように思う。その後何かしらの場面転換を挟みかけて目が覚めた気がする。

 

恋人同士だった当時、結構な年齢差があったにも関わらず私は添い遂げるつもりでいた。そんな恋愛でも些細なことではたと終わるのだから切ないし滑稽だ。ちなみに今でも嫌ったり憎んだりすることは全くなく、過去の恋愛の中でも唯一よい思い出である。

 

私は結婚式や披露宴が好きだ。幸せな非日常に身を置けるのは楽しい。コロナ禍でそんな機会も失われてしまった今、元恋人だろうと招待してもらえるならいそいそと出席するだろう。何の憂いもなくそう思えるようになったからこんな夢を見たのだろうか。ならこの場合は破滅願望ではなく単なる願望だな。フルコースが、食べたい。

その差は寒天

ヨーグルトを毎日食べている。ここ数か月は水切りヨーグルトにして味わっている。水分が抜けてもったりした食感にはまってしまった。

よく行くスーパーで450グラムで105円(税込)の安価なヨーグルトを購入しているのだが、珍しく売り切れてしまっている日があった。

他のものはどれも高い。とは言え数十円の差だが、毎日かかさず食べている身からすると大きい。

仕方ない、今回だけ贅沢をしよう。有名なメーカーの有名なヨーグルトを手に取った。

それが間違いだった。

 

いつも通り水切りヨーグルトにして一口食べる。

衝撃。

おいしい。

予想の十倍はおいしい。

食感がまったく違う。狼狽えながらスプーンを口に運んだ。待ってくれ。値段以上の差がついているんじゃないか。普段私が食べていたのはヨーグルトではなかったのか。動揺した。これを食べ切ったら、次に買うヨーグルトはどうすればいいのか。

ショックが大きすぎて家族にも一週間言い出せなかった。ヨーグルトを食べる目的は腸の健康維持だ。味なんて二の次よ。安さ第一ですよ。いつだったか自慢気に語っていた自分を恨んだ。毎日食べるからこそ味を重視することがQOLの向上に繋がるのではないか。まずい、手段が目的化しそうだ。

より良いものを知ることは生活を豊かにするが、この場合はどうだろうか。私があの日あのヨーグルトを食べなければ、105円の味しか知らないままであれば、きっと悩むこともなく幸せだったろうに。

 

その後結局元のヨーグルトを食べているが、一度感じた印象は味わうほど深まっていく。なんか粉っぽい。滑らかさが足りない。ホエイもやたら多く出ている。

パッケージの原材料を読んだ。生乳、乳製品、寒天。ああ、寒天。君のおかげで、寒天。

 

今冷蔵庫にある分は、おそらくあと四日ほどで消費する。次にヨーグルト売り場で自分が何を手に取るのか、私にも予測がつかないままである。

音量の怨霊

テレビの音が大きいと心がザラつく。

大抵テレビ放送ではなくYouTubeや配信サービスを視聴しているのだが、音量は耳を澄ませば聞こえるくらいがちょうどいい。

以前家族が割と大きめの音でギターの演奏動画を見ていた時は別室にいたにも関わらず無言でリビングへ出て音量を下げた。ちなみに家族は見ながら寝ていた。なんでだよ。

たぶん自分のテンションが流れている映像と同じくらいの高さならそこまで気にならないのだろう。シリアスな気持ちでシリアスな映画を観る時は割と音量を上げている気がする。

私の精神状態に合わせて適度な賑やかさになれ、という傲慢だろうか。心がザラついているからテレビの音が気になるのだろうか。大きな音がザラつきをひどくしているのだろうか。

家族は大抵私が「ちょっと大きいな」という音量で視聴しているので私よりもアゲ⤴なテンションだということか?羨ましい。

最近は音量が気になることが増えてきた気がする。音量に取り憑かれているのかもしれない。

やる気がないなら帰れ

大昔、飲食店でアルバイト中に副店長から言われた言葉である。

もう何年も経つのに未だに思い出しては嫌な臭いを嗅いだときの顔になってしまう。トラウマだ。

当時の私は今よりも更に手際は悪いしおどおどしていた。しかし真面目であった。無能な働き者である。そこが副店長の癪に障ったのか、とうとうある日爆発が起こった。

 

店の状況を見ろ。そんなところでサボるな。やる気がないなら帰れ。

 

え?

無論サボってなどいない。人手のないエリアを持ち場としてできることをやっていたつもりだった。

他人から怒られ慣れていない私は「ほわぁ〜」と情けない心の声をあげて立ち尽くしたが、何とか「すみません。ご迷惑おかけしました。頑張ります」と謝って別の持ち場へ飛んでいった。副店長は満足気に「うん」と頷いて笑った。無能な働き者、その素直さを証明した瞬間である。

 

今にして思えば、私の無能さを正面切って突き付けてくれた存在として感謝すべきだ。誰だって嫌われ役を買って出たくはないだろう。しかしあの日の真面目な私は少なからずこう思った。

 

帰れは言いすぎじゃないか。

体育会系の教師が不良生徒に言うやつだろう、それ。

私は飲食店のアルバイトスタッフだぞ。

 

そこは今は大丈夫だから、あっちのスタッフを手伝って。状況をよく見て動いてね。

それじゃ伝わりそうもないほど、当時の私はどうしようもなく舐めた態度のアホに見えていたのだろうか。

ちなみに副店長は他のスタッフ(明るいギャルや明るいギャル男)にはいつもニコニコと優しく接して冗談も言い合っていた。単に私個人が嫌われていた可能性もある。というか九分九厘そっちの気がしてきた。悲しい。

 

こうして文章にしてみるとしょうもなさすぎてちょっと心が軽くなった。やはりアウトプットは大切ですね。

今ならこう言ってみたい、やる気、あります。帰りません。押忍。

結婚したらコミュ障が加速した

ブログをここ三〜四年書くぞ書くぞと誰に宣言するでもなく意気込んでいたが行動に移せないまま今日まできてしまった。だけどとうとう始めたぞ。問題は明日以降も継続して書いていけるかどうかだ。行動に移せなかった年月くらいは続けられるといいね。

 

私はもともと他人とのコミュニケーションが本当に苦手だ。すべての人間は自分を軽蔑しているに違いないという確信を抱いて生きているため通常の会話すら満足にできないという欠陥を抱えている。どうしてそうなってしまったかはおいおい気が向いたら分析して書き残していきたい。

ところがどっこい結婚した。長年生涯のパートナーを持つことが夢だった私はたいへん喜んだ。これで少しは他人との会話も楽しめるかもしれないぞと希望も湧いた。

 

結論、ますますコミュニケーションが苦手になった。なんなら一層下手になった気もする。

 

同じ状況の人は決して少なくないと思っている。

自分を受け入れてくれる家庭があるのにわざわざ世間で頑張る必要なくない?

でも仕事をしないと生活できない。仕事をする以上は他人との関わりが生じる。関わる以上は嫌な気分にさせたくない。嫌な気分の人が目の前にいると自分も嫌だからだ。

頑張る必要、ある。

 

相手にとって最適のレスポンスを考えてくれるAI、自分に搭載できないかなあ。

そういう感じの日記です。