コミュ障、美容室との因縁

小学校高学年だった私は、母の行っていた美容室へ初めて一人で髪を切りに行った。田舎町の住宅街にある、おばさまが個人でやっている美容室である。初対面の年上の人とろくに話せない私は、「どんな感じにする?」と聞かれてうまく答えられず曖昧に笑った。

「ニコニコ笑いよってもね、何も分からんよ」

手厳しい。幼い私はここで一度美容室の洗礼を受け、コミュ障スキルをアップすることに成功した。ちなみにその後何と言ってどんな髪型にしてもらったか全く覚えていない。

 

成長した私は若者向けのオシャレな美容室へ足を運んだ。オシャレな空間でオシャレな男性にオシャレな感じにしてもらった。はずだ。というのも全く記憶にないので詳細が書けない。でも行ったからには何らかの何かを施してもらったに違いない。

 

それから何年か経ち、友人の親戚がやっているという美容室を紹介してもらった。すばらしい人だった。友人経由なのである程度始めから打ち解けて話せたし、それでなくとも気さくで明るく、私のような陰キャコミュ障にも同じ目線で会話をしてくれた。もうずっとここに通おう。その決心通り、今もその人にお世話になっている。

 

ただ一度だけどうしても急用で当日中に髪を切らなければならなくなり、近所のオシャレ美容室に駆け込んだことがある。当日ではあるが事前に電話をし、大丈夫だと言うので言われた時間に入店した。ものすごく待たされた。飛び込みだから仕方ないと思って待っていると、美容師はランクがあって料金も異なる、誰を指名するかと聞かれた。は?なんだそれ。じゃあ最低ランクの人に頼んだらどんな髪型になるんだ。全部バリカンでいかれるのか?最高ランクの人は?カットしながらフランス料理とか食べさせてくれるのだろうか。全く理解が追いつかないまま「誰でもいいです」と言ったような気がする。そして若い兄ちゃんが担当になった。兄ちゃんはヘラヘラと若者のノリで他愛もないことを喋り、私はコミュ障のお手本のような返事を弱々しく放った。ほどなくして会話は途絶えた。当然である。兄ちゃんは若者ノリを求め、私はコミュ障用の応対を求めた。二人の道は分かたれた。隣の席では若い女の子とイケてる風の男性美容師が恋人同士よろしく楽しげに会話している。悪いな、私の担当になっちまった兄ちゃん。でもいい社会経験になっただろう?世界は君を中心に回っているわけじゃないんだ。接客業ならあらゆるタイプの人といい感じの空気を作れるよう精進しな。私は自分のことを棚に上げて心の中で説教した。シャンプーへと工程は移り、場所が変わったことで兄ちゃんが再び会話に挑む。確かその日は金曜だった気がするが、明日はお休みですか?そうですね、といったやり取りだ。僕も明日休みなんですよ。嬉しげに兄ちゃんが言う。

「いいですね。じゃあもう今日はテキトーにやって早く仕事終われーみたいな?」

コミュ障は一生懸命返しやすいであろうコメントをする。そんなことないっすよ、ちゃんと最後までやらせてもらいますよ。そんな返事が来るだろうと考えていた。

「そうっすね!!」

ふざけるな。いつから冗談を言い合えるほどの間柄になったんだ我々は。まさかシャンプーを流さずに「はい終わりです」とかほざくんじゃあるまいな。私は今日バイクだぞ。凍りついた私をよそに兄ちゃんは言葉通りテキトーに残りの工程を済ませ、私は会計へ追いやられた。仕上がりの割にえらく高かった気がする。勉強代だと思って支払い、一刻も早く帰ろうとしたその時。

「次回のご予約はどうされますか?」

時が止まった。なんという商魂。次もテキトーな施術をテキトーランクの美容師にされに来いとは恐れ入る。私は気弱なコミュ障であったが、時間とお金の大切さは充分理解していた。だから振り絞った。「また連絡します」バイクで逃げ帰った。無論二度と行くつもりはない。

先述の美容師さん、いつもお世話になっております。これからも末永くよろしくお願いします。